裏切られた自由フーバー元大統領著正義の連合国の見方を否定する本書

正義の連合国対邪悪な全体主義国という従来の見方を真っ向

から否定する本書が、2011年に米国で刊行され議論を呼んでいます。

裏切られた自由上:フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症ハーバートフーバー

宮崎正弘の国際ニュース早読み平成29年20177月17日

これは戦後出版界と歴史学界を画期する一大事件である

フーバー大統領回想録裏切られた自由、ついに邦訳が刊行

待望のフーバー大統領回想録裏切られた自由草思社の邦訳板刊行が始まった。

同時にこの本を詳細に解説する渡邊惣樹誰が第二次世界大戦を起こしたのか同も出版され、戦後の歴史解釈が根底的にひっくりかえる。

ガリレオが、コペルニクスが、あるいはダーウィンがそうであったように、世の中の通説を転覆させ、真実をのべることは勇気を必要とする。

アメリカ人が単純に信じ込む米国正義に対して、そのタブーに正面から挑戦したのが、フーバー大統領の回想録だからである。

真珠湾攻撃は事前に暗合が解読されていて、むしろ日本をけしかけていたルーズベルト大統領の陰謀だったことは、いまや周知の事実である。しかし、日本の攻撃で一気にアメリカの厭戦ムードは吹き飛んだ。ルーズベルトの狙いは当たった。

アメリカは孤立主義から大きく逸脱し、まずはヨーロッパ戦線に大軍をさしむけ、ナチスドイツ、ムッソリーニのイタリアと戦闘。西側を勝利に導いた。いや、勝った筈だった。

ところが敵であるはずのロシアを支援し、あろうことか、戦後秩序はソ連スターリンが最大の裨益者となった。死力を尽くしたポーランドが共産化され、チェコハンガリールーマニアブルガリアばかりか、バルカン半島に到るまでソ連が手に入れた。

極東では南樺太、全千島を手に入れても足りず、アジアは中国共産党の手に落ち、朝鮮半島は南北に分断され、とどのつまりルーズベルトソ連の領土拡大に協力したことになる。

結果論の皮肉は、近年でもたとえば米軍がイラクに介入した結果、というテロリストを産み、イラクはイランの影響下に入り、アフガニスタンはタリバニスタンに変貌しつつあり、朝鮮半島では南が自ら赤化を望み、いそいそと中国圏に戻ろうとしている。

フーバー大統領任期19291933はルーズベルト大統領に騙されていた。何かを仕掛けたなとは本能的に直感したが、当時、すべての密約は密封され、フーバーにさえハルノートという最後通牒を日本に突きつけていたことは知らされていなかった。

フーバーは書類、議会議事録、外交文書そのほかを緻密に検証し、20年の歳月をかけて本書を書き残していた。

フーバーの言い分とは簡単に言えばルーズベルト外交は自由への裏切りであったということである。

マルタで東西冷戦は終わった

東西冷戦は、ルーズベルトの失策がもたらした。そもそもルーズベルトの失敗は、ソ連を国家承認した1933年11月ときから始まった。大統領就任直後である。

それが世界に厄災を運び、ルーズベルト政権の周りはソ連のスパイと共産主義者に囲まれて国策を次とあやまった。

大胆にソ連に挑戦したのは1981年のレーガンの登場だった。

スターウォーズ計画、ミサイル防衛網を前面に出して、ソ連と対峙姿勢をしめし、対抗策としてソ連は大軍拡にはしるのだが、経済力がついてこられず、あえなく頓挫。ペレストロイカグラスノスチを謳ったゴルバチョフが登場した。

1989年師走、ブッシュ大統領とゴルバショフはマルタの沖合のヨットで会談し、東西冷戦が終結した。

共産主義者は思想的敗北から逃れるために環境保護、人権運動、フェミニズム、少数性差別、反原発に流れ込み、日本でもその亜流がいまもメディアが牛耳っている。

さて、1938年3月8日に、フーバーはヒトラーと会見している。

この会見でフーバーは、ヒトラーを狂信者であり、お飾りだけの愚か者だとする欧米の報道が間違っていることを確信した。ヒトラーは自身の言葉で国家社会主義思想に基づく経済再建を語った。情報の豊かさは彼の優れた記憶力を感じさせるものだった渡邊解説本、64。

その前年、1937年にルーズベルト政権はシカゴで演説した。有名な隔離演説である。しかも、この演説で、ルーズベルトは国内の経済問題を話題にしなかった。具体的な名指しは避けたものの、日独伊三国によって世界の平和が乱されている、これを是正するためにはアメリカは積極的に国際政治に関与しなけれはならないと訴えた同72。

一九三九年月一五日、ナチスチェコに侵入した。

少なくとも軍事侵攻ではない。ハーハ(チェコ)大統領との合意によるものだった。さらに、フーバーが考える独ソ戦では、ドイツはソビエト侵攻のハイウエイとなるチェコスロバキアを通らざるを得ないことは自明である同88。

次はポーランドだった。

ここで英国のチャンバレンはポーランドの独立を保障する宣言を行った。英米は、ドイツはスターリンとの対決に向かうと考えていたから、ポーランド回廊を通過するのは自然であり、このポーランド独立を英国が保障するということは、フーバーからみれば愚かな選択であった。

ルーズベルトスターリンに譲歩したのはアメリカを不幸にした

ヒトラー独ソ不可侵条約を結び、しかもソ連ポーランド侵攻に踏み切る。

犬猿の仲であった独ソ両国の唯一の共通点。それが第一次大戦期に失った領土回復を希求する強い思いであった同99

舞台裏では何回も複雑に執拗に交渉が続いたが、ポーランドの誤断も手伝って、ついにナチスポーランドへ侵攻する。

この戦いがなければ日米戦争がおこるはずもなかったが、ポーランドの稚拙な対独外交が原因で、戦線が広がり、日米開戦への道が準備される。

その後の戦争の展開は周知の事実とはいえ、問題はカイロ宣言テヘラン会談からヤルタ会談の密約、そしてポツダムへと米英ソの密約が次と進み、アメリカ国民は何も知らされないままルーズベルトスターリンの謀議は進展し、途中からチャーチルはのけ者にされ、やがて病魔に冒されたルーズベルトは正常な判断も出来なくなった。

トルーマンルーズベルトから殆ど何も聞かされていなかった。原爆を保有したことさえ、トルーマンは知らなかったのだ。

こうしてフーバー回想録は、アメリカの歴史学主流に投げつけられた爆弾である。

かれらが歴史修正主義とレッテルを貼り付け非難してきたが、どちらが正しいかは明らかであり、ルーズベルトの評価が地獄に堕ちているのだが、これを認めようとしない一群の学者とメディアが、真実をいまも覆い隠しているのである。

渡邊氏は、解説書の最後を次のように結んでいる。

中国と韓国は、日本を極悪国として捉え、歴史認識では日本の主張を一切受け付けず、二十一世紀になっても非難を続けている。歴史の捏造が明らかな南京事件についても、いわゆる慰安婦問題についても、アメリカはプロパガンダであることを知っている。それにもかかわらず、アメリカが日本を擁護しようとしないのはなぜなのか。それは、ルーズベルトチャーチルの戦争指導があまりに愚かであったからであり、その愚かさは、日本がそしてナチスドイツが問答無用に悪の国であったことにしないかぎり隠しようがないからである。

歴史修正主義は、戦後築きあげられた偉大な政治家神話に擁護されている二人の政治家(ルーズベルトチャーチル)の外交に疑いの目を向ける。ナチスドイツや戦前の日本が、胸を張れるほど素晴らしい国であったと声高に主張しているのではない。極悪国とされている国を歪んだプリズムを通して見ることは止めるべきだと主張しているに過ぎない。それにもかかわらず、歴史修正主義は枢軸国を擁護する歴史観だとのレッテルが貼られている。それは、ルーズベルトチャーチルが引き起こした戦後世界の混乱の真因から目を逸らさせたい歴史家や政治家がいるからである)同220。

歴史の偽造やフェイクをまだ信じているガクシャは、本書を読むと顔が引きつるだろうし、日本の論壇にまだ跋扈している左翼は卒倒するかも知れない。

アメリカでは本書は長いあいだ公にされませんでしたが、

2011年に米国で刊行され議論を呼んでいます。