母と暮せば

主人公の浩二の、そして山田監督の思いやり

終戦から3年後、長崎の原爆で亡くなった青年が、ある日母親の前に現れることから始まる母と暮せば。巨匠山田洋次監督が手がけた85本目となる最新作は、ファンタジーの匂いを漂わせつつ、ずしりとした愛情のドラマを観る者の胸に届ける。主演の吉永小百合二宮和也が体現する親子の物語に複雑な味わいをもたらすのは、監督の前作小さいおうちでベルリン国際映画祭銀熊賞女優賞を受賞した黒木華。もはや名コンビとも言うべき二人が、作品に込めた思いを語った。

Q本作で二宮さんが演じられた浩二は原爆の犠牲となり、母親の伸子吉永小百合とともに恋人の町子は悲しみを耐えている。しかし監督は、町子に戦後の希望を託してもいますよね。

黒木どこか前向きなんです。監督にはどっしりとした明るさが欲しいと言われました。伸子さんもそうですが、町子はたくましい長崎の女で、原爆で受けた心のキズについて話すところもそこはそんなに暗くはしないでと演出してくださいました。

監督町子はね、幸せにならなければいけない人だと思う。浩二や伸子のことは忘れていくべきなんです。もちろんそれはとてつもなくツラく苦しい選択で、町子だっていつまでも思い返すでしょう、二人のことは。でもいずれは新しい恋人と出会い、結婚をし、家庭を持っていく。それが人間の運命っていうものですからね。

黒木そうですね小さくうなずく。

Qこの映画では母親の伸子しか、亡霊となって現れた浩二を見ることができないのですが、もし町子にも浩二の姿が見えてしまったらどうだったでしょう?

黒木見えてしまっていたらやはり、前には進みづらい気がします。見えるってことは一緒にいることと変わらないとわたしは思うので。自分のそばには浩二さんがいると変わらず愛し続けるのではないでしょうか。

監督あまりにもかわいそうだよね、町子が。浩二はきっと、町子のことをおもんばかって彼女の前には姿を見せないと決めたに違いない。それは浩二の精一杯の思いやりじゃないですかね。

黒木わたしは、山田監督の思いやりも感じました。

監督ああ町子よ、早く忘れていいんだよ、浩二のことはと、そう言ってやりたい気持ちは確かにありましたね。

二宮和也は歌舞伎役者っぽい

Qところで聞いた話では、二宮さんの台本の読み方は独特で、自分のセリフを中心に、あとはポイントをおさえる程度しか読まれない、と。そうして監督にすべてを委ねるメソッドらしいんですが。珍しいですよね、役者さんとしては。

監督初めて聞いたな。そうなの?

黒木ホン読みもありますし、全体のストーリーもちゃんとつかんでいらっしゃるとは思いますけれども。

監督そうだよね。かえって難しいよ、そのやり方は笑。昔の歌舞伎の役者ならば、そういうことをしたかもしれないけど。

黒木もしかしたら、二宮さんは歌舞伎役者っぽいのかも笑。わたしはいちいち現場ですごいなあと感心していました。柔軟性、反射神経が素晴らしく、監督から言われるとすぐに反応できるんです。わたしの場合は一瞬考え、ワンテンポ遅れてしまう。それはこういうことでしょうか?と確認もしちゃいますし。二宮さんははいと言って、トライされて、自分のものにされていくスピードがとても速いんです。

長崎、そしてナガサキへの思い

Qクランクインの直前に、二宮さん、吉永さん、黒木さん、そして監督とスタッフの皆さんとで長崎を訪れたそうですが。

黒木やっぱり、現地の空気を肌で感じて演じるのと、知らないでやるのとでは全然違う気がします。長崎の坂道をたくさん歩きましたし、ここにかつて、本当に原爆が落とされた、ということが今は信じられないくらい美しい街でした。でも何かは感じる。そこかしこに小さい教会があって、マリア様がいて、クリスチャンの皆さんが根付いて、生活が続いている街を実際に体感できたのはとてもありがたかったです。

監督怒りの広島、祈りの長崎って言うんだよね。祈りっていうのはつまり、クリスチャンが多かったということなんだ。2年前にこの企画が僕のところに井上ひさしさんの三女、井上麻矢さんから持ち込まれたとき、ふとできるんじゃないかと僕は思った。で、製作スケジュールとか俳優さんのキャスティングが決まっていき、待てよ、これは封切りはいつなんだと考えたら、2015年の夏までに完成させて年内に公開すると。ちょうど敗戦70周年だったんですね。そのとき不思議な運命のようなものを感じました。広島と長崎というのはカタカナやローマ字で書いたとき、別の意味を持ち始めるわけです。世界の人たちが知っているし、また20世紀の人類の歴史として記憶に留めなければいけない地名で、そのナガサキの物語ってことが重要ですよね。お母さんと息子の話なんですが、舞台はナガサキだと。それは世界中の人の胸に永久に刻み続けてほしい地名なんですよね。

山田監督が終戦70周年ではなく、敗戦70周年とこだわった理由が本作の肝でもある。つまり、そこからスタートするということだ。世の中には苦しいけれども前に進むために、忘れなければいけないことがあり、逆に、だからこそ絶対に忘れてはいけないこともある。母と暮せばはそんな山田監督の切なる思い、そして黒木華の真摯な演技が深い余韻を残す映画となっている。

映画母と暮せばは12月12日より全国公開

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